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大阪高等裁判所 昭和47年(ネ)769号 判決 1973年1月31日

控訴人 古門シナ

右訴訟代理人弁護士 奥村孝

同 小松三郎

同 石丸鉄太郎

被控訴人 美馬商会こと 美馬芳子

右訴訟代理人弁護士 太田隆徳

同 三宅玲子

主文

原判決の控訴人被控訴人関係部分を次のとおり変更する。

控訴人は、被控訴人に対し、金一七万五、〇〇〇円およびこれに対する昭和四三年八月二三日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

被控訴人のその余の請求を棄却する。

訴訟費用中、第一審で要したものはこれを五分し、その一を被控訴人の負担、その余は控訴人の負担とし、控訴費用は控訴人の負担とする。

この判決第二項は、被控訴人に於て金六万円の担保を供するときは、仮に執行することができる。

事実

控訴人代理人は、「原判決中控訴人敗訴部分を取消す。被控訴人の請求を棄却する。訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。」との判決を求め、被控訴人代理人は、「本件控訴を棄却する。控訴費用は控訴人の負担とする。」との判決を求めた。

当事者双方の主張および証拠関係は、原判決事実摘示のとおりであるから、これを引用する。

理由

一、原審証人小林一男の証言、原審における控訴人本人および被控訴人本人の各尋問の結果ならびに弁論の全趣旨を総合すれば、被控訴人が知事の免許を受けた宅地建物取引業者であること、控訴人が昭和四二年一〇月頃被控訴人に対し控訴人所有の本件物件を代金五五〇万円で他に売却することの周旋を依頼したことが認められる。

そして、被控訴人は、その際建設大臣の決める宅地建物取引業者の報酬基準に基づく報酬金を支払う旨の特約が成立したと主張するけれども、これを認めるに足る証拠はなく、却って前顕証拠によれば、右特約が成立しなかったことが認められる。

不動産取引の仲介は民事仲立であり、民事仲立を営業としてなすときは商行為となり、その仲介業者は商人となる(商法第五〇二条、第四条第一項)。

前記認定事実によれば、被控訴人は、宅地建物取引業者として商人であり、依頼者である控訴人との間に報酬額の定めのない不動産売買仲介契約を締結したことが明らかである。

二、ところで、商法第五一二条は、一般に、商人がその営業の範囲内の行為をすることを委託されて、その行為をした場合において、その委託契約に報酬についての定めがないときは、商人は委託者に対し相当の報酬を請求できるという趣旨に解すべきである。

しかし、前記仲介契約は、民法にいう典型的な準委任とは異なり、請負的要素の強い契約であるから、委託者において業者に対する報酬の支払を回避するために故意に業者を排除する目的で直接取引をする等の特別の事情がない限りは、商事仲介に関する商法第五五〇条第一項、第五四六条を類推し、仲介が功を奏し、かつ契約書作成の手続を履践しなければ、報酬を請求できないものと解するのが相当である。

三、被控訴人は、その媒介によって控訴人と訴外安田亀雄との間に本件物件の売買契約が成立し仲介が功を奏した旨主張するので検討する。

本来、仲介業者は、物件の確認、買受人の誘引のほか、買受希望者を現場に案内して売主を紹介し、売買条件の決定、契約書の作成、売買代金の授受、登記手続等一連の手続を行わねばならない。

これを本件についてみると、成立に争いない甲第一、二号証、鉛筆書き部分については前記小林証人の証言により真正に成立したものと認められ、その余の作成部分については<証拠>を総合すれば、被控訴人は、昭和四二年一〇月頃、本件物件に臨んで内部を見分調査してその概況を確認し、買受客を誘引するために本件物件を売却物件として店頭に貼紙掲示し、その後十回近く右貼紙を見て来店した買受希望客を現場に案内したがいずれも仲介が成功せずにいたところ、昭和四三年四月二九日頃になって、偶々別の売家の買受を希望して来店した訴外安田亀雄に対し、本件物件の売主の氏名、その所在、概況、代金額等を説明してその買受をすすめたところ、同人が乗り気になったので、現場に案内する旨申出たが、安田が近所だから一人で見に行く、外見をみて気に入ったら電話をかけるからそのときはあらためて売買の周旋を依頼すると案内を固辞したので、やむなく簡単な道順と売主の氏名を書いたメモを作成して同人に交付したこと、そこで安田は、即日、本件物件に控訴人を訪ね、被控訴人の周旋で来訪した旨告げて内部を見分した結果気に入ったので、代金額の交渉に入ったが、その際被控訴人に対する報酬の支払義務をいずれが負担することにするか確めたところ、控訴人から被控訴人には仲介を依頼したことはないから、たとえ報酬を請求されても売主である控訴人の責任において処理するといわれたので、爾後は被控訴人を排除して直接取引することとし、同年六月末頃控訴人に対し手付金五〇万円を支払い、同月二八日、控訴人との間に、代金五〇〇万円で本件物件を買受ける旨の売買契約を締結し、同日、所有権移転登記手続を経由し、同年七月本件物件の引渡を受けたのち残代金を控訴人に完済したことが認められ、原審における被告本人安田亀雄の尋問の結果のうち右認定に反する部分は信用できない。

右事実によれば、被控訴人は、本来仲介業者としてなすべき一連の手続の一部を履践したにすぎず、そのほか被控訴人が売買代金額の決定代金の授受等媒介の基本的手続に関与貢献したことを認めるに足る証拠はないから、被控訴人の媒介によって前記売買契約が成立したとする被控訴人の主張は失当である。

四、次に被控訴人は、控訴人が報酬の支払を免れるため故ら被控訴人を排除して直接取引したから媒介成功とみなして報酬を請求できる旨主張するので検討する。

不動産仲介業者は、前記のとおり、自己の媒介によってその目的である契約が成立することを停止条件として報酬請求権を取得できるものであるから、委託者である売主が受任者である仲介業者にその売却斡旋を委任しておきながら、報酬の支払を免れるため故ら買受希望者と直接取引して契約を成立させたときは、故意に右停止条件の成就を妨げたものとして、民法第一三〇条により、右条件を成就したものとみなして前記二の法理により委託者に対し相当の報酬を請求できるものと解するのが相当である。

前記三認定のとおり、被控訴人は、買受希望者である安田亀雄に対し、本件物件の所在、売主の氏名、売却希望代金額を教える等の媒介行為をなし、控訴人は、右媒介行為を利用して僅か二カ月後に安田との間の直接取引により本件物件の売買契約を成立させていることが明らかであり、また控訴人が直接取引成立までの間に仲介委任契約を解除した旨の主張立証がないから控訴人は仲介委任契約の存続を知りながら直接取引したと認めざるをえないこと等を併せ考えると、結局、委託者である控訴人は、報酬の支払を免れるため故ら買受希望者である安田と直接取引して前記停止条件の成就を故意に妨げたものといわねばならない。

そうすると、民法第一三〇条の法理により、被控訴人の仲介により本件物件の売買契約が成立したものとみなして、商人である被控訴人は、委託者である控訴人に対し、商法第五一二条により、相当の報酬を請求できるものと解するのが相当である。

五、そこで、報酬の額について判断するが、控訴人が被控訴人に対して支払うべき報酬額は、金一七五、〇〇〇円とするのが相当であり、その理由は原判決理由第七項摘示と同一であるから、これを引用する。

そして、右報酬金については履行期の定めがないので民法第四一二条第三項により、債務者は履行の請求を受けたときより遅滞の責に任ずべきところ、成立に争いない甲第三号証の一、二によれば、被控訴人は、控訴人に対し、右報酬金を昭和四三年八月一五日から一週間以内に支払うよう催告したことが認められるので、結局、控訴人は、同月二三日から遅延損害金を支払うべき義務を負うことになる。

六、そうすると、被控訴人の本訴請求は、前認定の報酬金一七万五、〇〇〇円およびこれに対する履行期到来ののちである昭和四三年八月二三日から支払ずみまで被控訴人の求める年五分の割合による遅延損害金の支払を求める部分に限って理由があるから、これを認容すべきであり、その余の部分は失当であるから、これを棄却すべきである。よって、原判決を変更し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第九五条、第九二条、第八九条を、仮執行の宣言につき同法第一九六条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 喜多勝 裁判官 東民夫 辰巳和男)

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